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司法 バックナンバー 3/3

弁護士増員は過疎地対策になるのでしょうか

弁護士増員論の中に「弁護士過疎地域をなくす目的」というのがあります。

 いったい、どこが弁護士過疎化なんだろうと思って、日本弁護士連合会のホームページ 「弁護士過疎って何?」 を見てみました。

 日弁連自身が「支部が扱っている地域を1つの単位として見たときに、その地域内に法律事務所が3以下の地域を「第一種弁護士過疎」地域4から10の地域を「第二種弁護士過疎」地域とよんでいます」「第一種弁護士過疎地域は、2007年6月21日現在、全国で、88か所あります」「このうち、弁護士の登録がない地域と弁護士が1人しか登録していない地域(これらを合わせてゼロワン地域と呼んでいます)は、次のとおりで、早急に対策が必要です」となっています第一種弁護士過疎地域は、2007年6月21日現在、全国で、88か所あります」「このうち、弁護士の登録がない地域と弁護士が1人しか登録していない地域(これらを合わせてゼロワン地域と呼んでいます)は、次のとおりで、早急に対策が必要です」となっています。

 しかし、はたして、本当に「早急な解決」が必要でしょうか。また「早急な解決」は、本当に可能なのでしょうか。

 本当に地方・家庭裁判所の支部が必要かどう考えてみましょう。
 裁判官が常勤し、毎日何らかの法廷が開廷し、あるいは、家事調停や審判がなされている支部なら、原則として司法に対する需要(司法ニーズ)があるといえるかも知れません。
 そういう地域ならば、裁判所支部付近に法律事務所が「0」か「1」というのは問題です。

 しかし、地方・家庭裁判所の支部によっては、昔は人口が多く産業もさかんであったため地方・家庭裁判所の支部が必要でしたが、現在は、地方・家庭裁判所の支部をおいておくほどの司法に対する需要がなくなっているところ、あるいは、昔は交通手段が不十分だったため地方・家庭裁判所の支部が必要でしたが、現在は、交通手段が発展し、本庁や最寄りの支部へ簡単に行けるようになったところがあると思います。

 平成のはじめに地方・家庭裁判所の支部の大規模な統廃合があったのをご存じでしょうか。
 平成はじめに全国58支部の地方・家庭裁判所の統廃合でなくなりました。

 その昔、和歌山地方・家庭裁判所には「妙寺支部」がありました。
 もちろん、地域住民は、統廃合に反対でした。
 私は当時和歌山地方・家庭裁判所の裁判官をしていましたので事情をよく知っています。
 裁判官は賛成、検察官も賛成、弁護士も反発を買いますから本音はいえませんが賛成でした。
 結局、「妙寺支部」があるため、裁判官(刑事部の右陪席の判事さんが出張していました)も、検察官も、弁護士も、裁判のためだけに和歌山市内からわざわざ出向かなければならないからです。
 昔から、「妙寺支部」管内には、法律事務所が全くない、「ゼロワン地域」だったのですが、和歌山地方・家庭裁判所本庁が管轄するようになりましたから、「ゼロワン地域」ではなくなりました。
 もし、支部が統廃合されていなければ、「ゼロワン地域」だ、法律事務所をつくらねばという理屈になるのでしょうが、もともと、支部が残っていたのが不思議なくらいで、法律事務所の需要はあまりないでしょう。

 和歌山地方・家庭裁判所御坊支部が、「ゼロワン地域」の一つになっています。
 確かに支部はあります。
 そして、私が裁判官をしていたときも、御坊支部に法律事務所はありませんでした。

 しかし、以下の理由で、御坊支部管内は「司法」「過疎」ではありません。
 御坊市は、和歌山市から特急で39分、田辺市から特急で26分と比較的便利なところにあり、裁判所の支部自体が必要かどうかも疑問です。電車の頻度は少ないにしても、高速道路でいけば問題ありません。和歌山と田辺が100キロメートル、その中間にあるのですから、和歌山市の弁護士と田辺市の弁護士が、十分活動できる範囲です。
 また、御坊市および周辺在住の依頼者も、和歌山市や田辺市の弁護士の所に打合わせに行くのは比較的簡単です。本当に辺鄙なところなら、御坊市へ行くのも和歌山市へ行くのも大差ありません。

 ということは、御坊市に法律事務所をもうけたところで、依頼者が来るという保障はありません。おおかた、和歌山市の弁護士に事件は持って行かれるでしょうし、御坊だけの事件で経営が成り立つはずもないので、和歌山や田辺支部の事件をするのでしょうが、それなら、御坊に事務所をつくり、御坊から頻繁に出張するより、和歌山や田辺に事務所を構えるのが賢明です。

 御坊支部には、「ひまわり基金」による公設事務所があります。これは、元来、採算度外視の法律事務所です。
 「弁護士過疎」というより、「他地域の弁護士で用が足りてます」「そこに事務所につくるのは採算に合いません」ということになるでしょう。


 日本弁護士連合会のホームページに記載されている「ゼロワン地域」をパターン分けしてみます。

(裁判官が常駐していない 12支部)
旭川  名寄  本庁から月に3回連続して填補
旭川  紋別  本庁から月に3回連続して填補
旭川  留萌  本庁から月に3回連続して填補
旭川  稚内  本庁から月に3回連続して填補
函館  江差  回数不明・本庁からの填補
青森  十和田 八戸支部から週2回填補
仙台  登米  石巻支部から週1回填補
和歌山 御坊  田辺支部から週2回填補
松江  西郷  2ヶ月に3回本庁から填補
岡山  新見  津山支部から月2回填補
大分  佐伯  週2回本庁から填補
大分  竹田 週1回本庁から填補

(裁判官が常駐している 13支部)
千葉  佐倉  常駐
甲府  都留  常駐
富山  魚津  常駐
大津  長浜  常駐
奈良  五條  常駐
福岡  八女  常駐
福岡  柳川  常駐
長崎  平戸 常駐
長崎  壱岐  厳原支部とかけもち
長崎  厳原  壱岐支部とかけもち
長崎  五島   常駐
大分  杵築  常駐
熊本  阿蘇  常駐
                        以上です。

 裁判官が常駐していない12支部を見てみます

旭川  名寄  「ひまわり基金」による公設事務所があるが採算にあっていない。
旭川  紋別  「ひまわり基金」による公設事務所があるが採算にあっていない。
旭川  留萌  「ひまわり基金」による公設事務所があるが採算にあっていない。
旭川  稚内  「ひまわり基金」による公設事務所があるが採算にあっていない。
函館  江差  1事務所あり
青森  十和田 「ひまわり基金」による公設事務所があるが採算にあっていない。
仙台  登米  「ひまわり基金」による公設事務所があるが採算にあっていない。
和歌山 御坊  「ひまわり基金」による公設事務所があるが採算にあっていない。
松江  西郷  1事務所あり
岡山  新見  「ひまわり基金」による公設事務所があるが採算にあっていない。
大分  佐伯  1事務所あり
大分  竹田 1事務所あり

 「各地の公設事務所」をご覧下さい。
 もともと日弁連の補助金で運営していた公設事務所のうち、補助金なしで運営できるようになった事務所は、「定着」と記載されていて、未だ補助金を受けながら運営をしている公設事務所は「定着」と記載されていません。
 「定着」と記載されていない法律事務所は、採算に合わないため、日本弁護士連合会からの補助金を受けて運営していることを意味します。

 裁判官が常駐している12支部を見てみます

甲府  都留  「ひまわり基金」による公設事務所が2008年にできる予定。
奈良  五條  「法テラス南和法律事務所」あり
長崎  平戸 「ひまわり基金」による公設事務所が、採算に合い補助金を受けない一般事務所になった。
長崎  壱岐  「法テラス壱岐法律事務所」あり
長崎  厳原  ひまわり基金」による公設事務所(対馬)があるが採算にあっていない。
長崎  五島   「ひまわり基金」による公設事務所があるが採算にあっていない。
大分  杵築  1事務所の支所あり
熊本  阿蘇  「ひまわり基金」による公設事務所があるが採算にあっていない。

                                  以上です

 こうしてみると「とんでもない過疎地域」に地方・家庭裁判所があるところがあります。かつての妙寺支部と同じです。
 本来なら、地方・家庭裁判所の統廃合が検討されるべきです。
 裁判所は、裁判員制度のために必死で、統廃合の余力などはないでしょうが・・

 また、「とんでもない過疎地域」でなくても、本庁や他の支部から便利がよすぎて、あえて法律事務所をつくる必要があるかどうか疑問のところもあります。
 御坊支部などです。また、千葉市と佐倉市は電車で17分。佐倉に法律事務所をつくるより、千葉の本庁付近に法律事務所をつくるのが合理的です。富山市と魚津市は電車で23分。魚津に法律事務所をつくるより、富山の本庁付近に法律事務所をつくるのが合理的です。大津市と長浜市は電車で54分、彦根市と長浜市は電車で16分。長浜に法律事務所をつくるより、大津の本庁か彦根支部付近に法律事務所をつくるのが合理的でしょう。また、八女支部や柳川支部は、久留米の法律事務所から行くのが合理的です。

 「ひまわり基金」による公設事務所があるものの、採算にあっていない支部については、「そこに事務所につくるのは採算に合いません」ということでしょう。
 いくら弁護士人口が増えたからといって、補助金なしでは採算が合わないところに法律事務所をつくるということは期待できません。これ以上、「過疎地域をなくす目的」でいくら弁護士を増やしても、経済合理性の点からして、法律事務所はできないと思います。複数の法律事務所が必要なら、むしろ、補助金つきの「第二公設事務所」の設立が検討対象になるべきでしょう。

ゼロワンの解消といいますが、あとは、あまり司法に対する需要のない地方・家庭裁判所支部(本庁や他の支部から交通の便がよすぎるところを含む)の統廃合をするというのが、とられるべき方針のように思います。
 弁護士増員論の中の「弁護士過疎地域をなくす目的」というのは、司法に対する需要の有無という実情を検討しているかどうか疑問です。


 なお、弁護士のいない過疎地で、弁護士に依頼できなかったため、サラ金・クレジット問題で悩んだあげく、夜逃げや家庭崩壊や、場合によっては自殺という悲劇を生んだという報道がなされることがあります。
 ただ「過疎地のため弁護士に相談できない」ということかどうかは、少し検証の必要があるでしょう。

 まず、過疎地であっても、地方公共団体の実施する弁護士による代金不要の法律相談は、全国津浦々実施されています。
 また、たとえ、弁護士が有り余っている大阪市内でも、サラ金・クレジット問題で、「グレーゾーン金利」「過払い」などを知らず、「なぜ借金が減るんですか」「そんなはずはないでょう」と信じられないという表情をする人というのは、現在でもいくらでもいます。 
 また、本当に困っている人は、過疎地からでも、「つて」を頼って、往復1日仕事で家族そろって相談に来るという人もいます。

 ただ、過疎地では、サラ金・クレジット問題が弁護士がいないため、適切な知識がいきわたらず、過疎地の公的法律事務所では、サラ金・クレジット問題が山のようにあったりするということはよく聞きます(ひまわり基金などの公的法律事務所に弁護士が赴任すると、口コミで事件はたくさん来ますが、しばらくすると一巡して事件が激減するそうです)が、それが終わったら、民事事件が「がくっと」減少してしまい、消費者被害、交通事故などは残るのですが、近隣・親戚だらけで、土地境界紛争はもちろん、金銭貸借などでも、弁護士に頼み法的措置をとってまで紛争を解決するのが妥当かどうか疑問がある事案もあるようです。

 もちろん、過疎地は過疎地なりの方法をとる必要がありますが、法律事務所を増やすというより、代金不要の法律相談の機会を増やすということが先という場合もあります。
 本当の司法過疎地にも多数の法律事務所が必要であるともいえませんし、法律事務所をつくっても採算にあいません。

 いくら弁護士を増員したところで、採算の合わないところに、補助金頼みの法律事務所以外の法律事務所はできません。
 よって「弁護士過疎地域をなくす目的」で、これ以上、弁護士を増員する必要があるという議論は誤りといえるでしょう。

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