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金融・経済 バックナンバー

サイゼリヤの危険な為替スワップ

サイゼリヤという外食チェーン店が、オーストラリアドルで、153億円の損害を出したそうです。

 毎日放送の 「がっちりマンデー」 で「もうかり企業」(平成20年9月14日放送)と紹介されていました。

 「理科系戦略!取締役12人中、なんと8人が理科系なのです!もちろん、創業者の正垣泰彦社長も東京理科大学で理論物理学専攻のバリバリの理科系」だそうです-という注釈付きで。


 サイゼリヤは、オーストラリアの加工工場で製造したハンバーグなどをオーストラリアドル建てで日本に輸入しています。
 オーストラリアドルを調達するため、2007年10月以後、BNPパリバ証券から1オーストラリアドル=78円とする契約1本、1オーストラリアドル69.90円で計200万オーストラリアドルを調達する証券を購入したそうです。

  「デリバティブ評価損発生見込みに関するお知らせ」 によりますと、2年間、1オーストラリアドル78円とか、1オーストラリアドル69.90円とかで、安定的に購入できますから「お得」にみえたんでしょうね。

 最初の契約、つまり、1オーストラリアドル=78円の契約で見てみましょう。

 支払日 :2008年12月1日から2010年11月1日まで、毎月1日
 豪ドル約定金額 : AUD1,000,000
 約定レート : 第一回約定レート 78.00 円/豪ドル
 ただし、オーストラリアドル中値が78.00 円以下の円高になった場合、それ以降の約定レートは以下の式で計算される。
 【前回約定レート】×【78.00/オーストラリアドル中値】円
 下限=78.00 円、上限=600.00 円

 一番の問題点は、【前回約定レート】×【78.00/オーストラリアドル中値】ですね。
 【前回約定レート】を今回レートに乗じていきますから、1オーストラリアドルが60円であり続ける限り、(78円/60円)の累乗となっていきます。毎月毎月の2年間24回の累乗ですから、効果は絶大です。
 上限が1オーストラリアドルが600円というのも「人をばかにした」限度額です。


時期 買値 購入豪ドル 損害
Dec-08 78 78/60 101 100万×18 1800万
Jan-09 101 78/60 132 100万×41 4100万
Feb-09 132 78/60 171 100万×72 7200万
Mar-09 171 78/60 223 100万×111 1億1100万
Apr-09 223 78/60 290 100万×163 1億6300万
May-09 290 78/60 376 100万×230 2億3000万
Jun-09 376 78/60 489 100万×316 3億1600万
Jul-09 489 78/60 636 100万×429 4億2900万
Aug-09 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Sep-09 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Oct-09 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Nov-09 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Dec-09 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Jan-10 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Feb-10 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Mar-10 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Apr-10 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
May-10 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Jun-10 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Jul-10 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Aug-10 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Sep-10 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Oct-10 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
Nov-10 600 78/60 - 100万×540 5億4000万
合計 100億

 1オーストラリアドルが60円のレートが続くとして100億円損をする計算になります。
 ある意味「想定外」といえるかもしれません。

 もっとも、このデリバティブは、例えば、1オーストラリアドルが70円のレートが続くとしても、60億円損をする計算になります。1オーストラリアドルが75円のレートが続くとしても、12億円損をする計算になります(計算違いがあればご容赦下さい)。
 1オーストラリアドルが70円のレートは予想外ではありません。
「DATABASE RETRIEVAL SYSTEM 」 というデータベースを使えば以下のとおりになります。

Aug 1999 72.958
Jan 2000 69.221
Jul 2000 63.532
Jan 2001 64.822
Jul 2001 63.413
Jan 2002 68.599
Jul 2002 65.281
Jan 2003 69.281
Jul 2003 78.417
Jan 2004 81.967
Jul 2004 78.481
Jan 2005 79.106
Jul 2005 84.218
Jan 2006 86.659
Jul 2006 87.137
Jan 2007 94.265
Jul 2007 105.345
Jan 2008 94.962
Jul 2008 102.872
Aug 2008 96.176
Sep 2008 87.050
Oct 2008 68.890
Nov 2008 63.880
Dec 2008 60.666

 確かに、1オーストラリアドルが60円のレートが続くことは考えにくくても、1オーストラリアドルが70円のレートが続くとしても、60億円の損、1オーストラリアドルが75円のレートが続くとしても、12億円損をする計算になりますから、想定外とはいえないかと思います。

 サイゼリヤ社程度の規模の会社がどうやったらこんな多額の評価損を見込むような状況に追い込まれるのか不思議といえば不思議なのですが、どうやら潜在的なリスクの大きいタイプの為替スワップ取引(オプションの売り=青天井の損害の可能性のある取引に相当するような取引)を行っていたということになります。

 外食産業の業績は苦しいんでしょうか。
 オーストラリアドル上昇に備えた実需に基づく先物取引なら、損害はしれてます。
 全日空や日航のケロシンのヘッジなら、例え原油が暴落しても、誰も何も文句をいいませんし、責任を問われることはありません。かえって、日航などは、資金不足によるヘッジ不足で大損をしています。もちろん、利用者に全額転嫁していますが・・ 
 サイゼリヤ取引は「為替変動リスクのヘッジ」をはるかにこえた「丁半博打」のようにも見えます。

 BNPパリバとかドイツ銀行とかは、この手の「仕組債」をよくつくります。
 なお、BNPパリバやドイツ銀行は、数億円という「仕組債」販売手数料をとっている「だけ」で、153億円の利益を得ている会社(ファンド?個人?)は別に存在しています。

 いくら、理科系でも、金融工学は「難問」すぎたのでしょうか。エクセルを使えば、簡単にシュミレーションできますが・・

 なお、「がっちりマンデー」 では「コストカットによるもうけ」と紹介されていましたが、従前より、このような危険なデリバティブをして「もうけ」ていたのかもしれません。オプションの売りは、「何もなければ」「一定の利益」がでますが、「相場予想」が外れると青天井の損害を受けます。
 今までは、何事もなくすんでいただけなのかもしれません。

 このような取引は為替ヘッジ取引でもなんでもなく、単なる投機です。
 上場している会社ですから一般投資家がいます。
 外食産業の将来性を見越した投資をしていたはずで、単なる為替の丁半博打に投資したわけではないと思います。
 役員の減給だけですむのか「お楽しみ」ですね。

 ちなみに、えらそうな事を言っていますが、私のコラムは、完全な「後講釈」です。
 予想できてたら、構造不況産業である弁護士なんかしていません。
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